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永眠 [日記]

6月21日は夜になってからちょっと呼吸が早くて、ニトロを入れて、午後の9時過ぎに飲み薬を与えて、酸素室で寝かしつけました。 午前4時過ぎに、扉をカリカリひっかく音で目が覚めて、いったん出しておしっこをさせて、もう一度寝入って目が覚めたのは6時過ぎ。 チョビを見ると、朝から呼吸がちょっと早い。 あれ?改善してない?とちょっと焦り、まず利尿剤の注射をして、ニトロを入れる。5分後に朝のおしっこをされたので、薬が出ちゃったかな~とまた焦る。 そのあとも水を飲んだりおしっこしたり、外に出したらうんちもしたし、薬が効いて来ればいつものように呼吸も改善すると思っていたんだけど、10時過ぎても改善してこない。 早めに朝用の飲み薬を飲ませてニトロも使い、それでも苦しそうなので13時過ぎにもう一度予備の粉薬の利尿剤を飲ませる。 明日か明後日は病院に行く日だったので、薬が残り少ない。 今日いっぱい改善しないとしたら、明日の緊急用の薬が底をついてしまうので、母に電話して来てもらい、私は病院に薬をもらいに行くことにした。 病院は午後4時からなので、ゆっくりでいいよと母に話し、ギリギリまで体調を見守る。

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酸素室の上に置いてあるのは凍らせたペットボトルで、こうするとケースの中の温度を下げることができると教わりました。

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ばぁばが到着して、喜んで挨拶して、でもちょぴり不安そうに見えるチョビ。

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午後の診療が始まるのを待って、4時ちょうどに院長先生に相談。 症状を説明して薬をお願いする。 咳がひどい時用にストロイドを注射で出してもらう。 気管支に炎症があるとき、症状を緩和させる効果が期待できるとのこと。 確実ではないが多少の利尿効果も期待できると。 朝晩の飲み薬も少し強くしてもらって1週間分。 ニトロと利尿剤の注射も多めにお願いする。 注射は注射器にセットしてからもらうし、粉薬は調合し、一回分ずつ包んでもらうので時間がかかる。 結局会計を済ませて病院を後にしたのは5時になっていた。いつもは心穏やかでいられる安らぎの待合室も、この日ばかりはとても悲しい気分になってしまった。 隣にはまだやんちゃ盛りの7か月のチワワ。 その向こうにはもう顔がかなり白くなり、一見して老犬とわかるダックス。 どの子も飼い主さんと一緒に来ているのに、私だけが一人だ。


病院と自宅は13キロの距離。 混雑するバイパスや市街地を抜けるので空いていても40分かかる。 母に電話をしても繋がらないし、不安な気持ちで急いで帰る。 部屋に入るとチョビが床に伏せて、私の帰宅に尻尾を振ってくれた。 なんで出してるの?と聞くと、さっきおしっこしたところだと。 5時頃から咳が出るようになったというので、ステロイドの注射をする。 新しく調合した飲み薬を飲ませて酸素室へ入れ様子を見る。 期待に反して、呼吸はさらに荒くなってくる。 18時半にもう一度ニトロを入れて利尿剤の注射。 酸素室の扉に開いている穴から手を入れてチョビの体を撫でていると、首を伸ばしてさらに苦しそうな様子になったので酸素室からベッドごと出して腕に抱える。 母に酸素をマスクに切り替えてもらうよう頼んで間もなく、咳のような大きな息を2回して、チョビの心臓は止まってしまった。 午後6時45分だった。


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喀血はしなかった。 苦しそうではあったけど、見ていられないほど悲惨な様子でもなかった。 まさか、今日この日が来てしまうなんて、思いもしなかった。 今回も先月のように回復して、まだまだ生きてくれると思っていた。 だから病院まで薬をもらいに行ったのに。 もし、今日が最後だってわかっていたら、出かけたりしなかった。 残りの時間が短いとわかっていたら、薬を電話でお願いして、母にタクシーで病院に行ってもらうことも出来たのに。 家を空けた3時間弱がとても悔やまれた。

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ただ眠っているような、きれいなチョビ。 ホントに息をしてないの?って何度も触って、耳を付けて確かめた。 まだお店の開いている時間なので、母に花を買いに行ってもらった。 その間に火葬をしてくれる業者さんに電話をして、明日午後2時の予約を入れた。

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夜間は保冷剤をお腹と背中の近くに置いて、タオルをかけて保冷。 エアコンも低めの温度で一晩中つけておいた。 なるべく冷やしておくようにとのことだったけど、父の時は病院から出され、葬祭場に着いてすぐにドライアイスをたくさん抱かされて、カッチンコッチンに凍っていたのがすごくショックだったので、凍らせることはしたくなかった。

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朝になり、鼻をつけて挨拶してみる。 眠ってるだけみたいだけど、やっぱり起きないね。

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お花、おもちゃ、大好きだったおやつ、お水、もう苦しくないね。 楽になって、永遠に眠ることになったんだね。

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もうすぐ、葬儀の時間になるから、その前にお別れのちゅー。

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業者さんがお道具を持ってきてくれて、まずお棺に入れて、お経をあげてくれて、お線香をあげて。

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お花と六文銭と守り刀を入れて出棺。 火葬は車の中で行うので、うちの横でもできますよと言われたけど、お骨上げの時、後ろのドアを開けるので、通行人がいると結構見られて落ち着かないかもと言われ、業者さんがいつも使っているお寺の駐車場まで一緒に移動。

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火葬の炉は人間のと違って、お棺や布などは入れられないとのこと。 入れるとカスが残って、遺骨と混ざってしまうんだって。 なので棺桶から出して私が移し替える。 最後の抱っこ。

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炉台に寝かせて、お花とおやつを一緒に並べる。

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30分もかからず、きれいに骨だけになってしまった。

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トイプードルは爪が可愛いですよと業者さんが言い、前にあまりに可愛くて食べちゃった人もいたとか。 私にもまず爪(指)の骨を探して渡してくれる。 前足なのかな?どの指なのかはわからないけど、ほんとにちっちゃくて可愛い。

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左上が後脚、左下が肩甲骨、真ん中上が脊椎、下が肋骨、右の上が前肢、下が頭蓋と下顎。

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ほかにも指の骨発見。 犬歯と尻尾の骨も見つけたので、ほかの骨と分けて持って帰る。

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人と同じように、後足、胴体、前足、頭の順に入れて、お骨上げも終了。

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急こしらえの祭壇。 おもちゃも全部並べて、お花は造花だけどけっこうきれいだね。 いつも使っていた首輪をかけてあげる。

昨日はチョビをとてもかわいがってくれた友人が来てくれて、1日中チョビの写真を見たり思い出話を聞いてくれた。 今日は遺影にする写真を選んでいたんだけど、あまりに可愛い写真ばかりでなかなか決められない。 遺影を飾る写真たてをネットで注文した。 夜に母が「大丈夫か?」と心配して電話をくれた。

チョビがいなくなってしまった。 夜中に自分の寝言で目が覚める。 遺骨を抱っこして名前を呼び、泣いている。

12年と11か月と12日、生きた。 あと18日で、13歳だった。 2004年の9月3日に出会った。 ずっと側にいた。 いないことに慣れるまで、まだ多少の時間がかかると思う。

時間が止まらない [日記]

チョビの病気が進み、パートの仕事をやめて介護に専念すること約2か月。


5月上旬の肺水腫事件(?)からひと月くらいは、食欲を戻せないかと色々薬を飲ませたりしていた。 結局どれも「反応はあっても効果はなし」で、今は缶づめの強制給餌のみ。

利尿剤のせいで尿量が増えるから、先月はおねしょも頻発していたけど、おむつも嫌がるので、まぁ、食事と薬で1日4回、嫌なことを我慢しているんだから、おむつはいいか、洗濯すれば済むことだしと思い、やめておいた。


母が温泉に行きたいというので、水上の犬連れ専用の温泉旅館に1泊で行ってきた。 チョビの体調を考えると、けっこうスリリングな旅行だったけど、高速で2時間もあれば帰れる場所だしと思い、思い切って決行。 最後の旅行も楽しめた。


利尿剤は腎臓に負担をかけるから、加減しながら使わないと腎不全になる。 だから、定期的に血液検査をして量を増やしたり減らしたりしながらやってきている。
先週から、呼吸の状態が悪くなってきて、緊急処置を自分ですることが増えた。
体調が悪くなるのは副交感神経が有利になる夜間が多い。
先月行った救急病院は状態が良くならなかったにも関わらず、早朝に追い出されて非常につらい思いをしたので、もう二度と行きたくない。 知らない場所で、私の顔も見えないところに隔離されたら、いくら薬を使っても状態は良くならないと確信もしたし。
だから、状態の悪化に備えて、薬と心の準備を整えている。 緊急用にもらった利尿剤は粉薬だったのだけど、今は注射でももらうようになった。 経口投与だと、血中濃度が上がって効果が出るまでに1~2時間かかるけど、皮下注射なら30分くらいで効くし、消化管を通すよりロスも少ないそうだ。 一番効果があるのは静脈に入れることだけど、それはさすがに無理だから・・・。 あとは人間でもよく使われるニトログリセリン。 これは粘膜から吸収しないと効果がないので、雌の場合は陰部に錠剤を入れて、水を少量入れ揉んで溶かしてやる。 心臓周辺の欠陥を広げるので、呼吸が楽になるそうだ。


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呼吸が少しでも荒いと感じたら、なるべく酸素室に入れたほうがいいと言われた。 ちょっとでも取り入れる酸素量が増えると循環が良くなって、肺の水も引けやすくなるというのだ。 特に夜間は、入れっぱなしがいいとのこと。


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チョビの体は体重はあまり変わらないのに、背中やわき腹の骨がごつごつと感じる。 運動をしないから筋肉が落ちたというのもあるけど、無理に食べさせているせいで、内臓脂肪も増えたかなーとは思っていたんだけど、昨日はなんだかお腹のぷよぷよ加減が気になって、もしかして腹水?と思い、病院へ行った。 ストレスのかかる検査はもうあまりやらない方が。。。と言われていたので、ちょこっとだけエコーをあてて見てもらった。 腹水もちょっとある。 心臓は・・・、弁がもう逆側に向いちゃうくらいぺろぺろで、血液の逆流も半端なく増え、心肥大もかなり進んでいた。 今まで定期検査の度にエコーの画像を見ながら説明を受けてきたので、さすがに私でも状態の悪化具合はわかってしまった。

最後のステージになり、余命はどのくらいですか?の問いに、しばし考えて「3か月、、、半年は無理だと思います」と院長先生は言ってくれた。 私的には、3か月はずいぶんサービスしてくれたように感じたけど。 ほら、女性に「私いくつに見える?」って聞かれて、自分が感じたのより5歳くらいはマイナスして答えるでしょ? あれと同じかなと。


利尿剤は今まで他の薬と一緒に1日2回にしてきたけど、プラス1回、夜間に注射でも与える方針にして、1週間後にまた血液検査の予定。 今日も呼吸は早く、早く薬をあげたいけど、総量を際限なく増やすわけにも行かないから、投薬から投薬までの時間をにらみながら、じりじりと過ごしている。


ふと気が付くと、チョビができなくなったこと、やらなくなったことが増えている。 病気を宣告されてから、山歩きを制限した。 それでも背負って連れて行っていたけれど。 今年の冬あたりから、おねしょをするようになって、一緒にベッドで寝ることも減っていた。これは原因がわからないんだけど。 毎月欠かさずやっていたトリミングももうできなくなった。先月の終わりに体調が良さそうな日に全身シャンプーとカットを大急ぎでやったけど、たぶん最後のシャンプーになるだろうと覚悟していた。 今はドライシャンプーを使うのと、部分的なカットは今まで通りやっている。 いつも朝起きると、私のお腹の上に乗って、一心不乱に私の鼻を舐めていた。私は「おはようのチュー」と呼んで喜んでいたけど、今は催促しても、ペロリと力なくひと舐めしてくれればいい方だ。 ご飯も、大好きだったおやつも食べなくなった。 散歩も、おしっこに出るだけで、ほとんど歩かなくなった。 今も、息が苦しんだろうと思う。 近いうちに息もできなくなってしまうのかと思うと、涙が止まらない。 最初はゆっくりだったのに、急に速度を速めて進んで行く事態に、心を追いつかせるのが難しい。


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でも、最後まで、勇気をもって立ち向かいます。


河津桜 [日記]

2017年の2月に伊豆の河津にお花見に行ってきました。

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伊豆は私の地元埼玉からだとちょっと行きづらいところだったけど、圏央道の開通でずいぶん便利になりました。

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昨年まで3年続けてこの時期忙しい確定申告のアルバイトをしていたんで、なかなか来られなかったんだよね~♪

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でも、今年は通年でパートの職に就いたんで、季節を選ばず遊びに行ける・・・はず!!

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朝9時前に現地に着いたんで、まだ駐車場はガラガラ。ひと歩きして、お昼を食べて車で昼寝して、、、11時頃になったらあまりに人が増えていてビックリ。

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ピンクの桜と黄色い菜の花のコントラストがすごくきれい。[かわいい]

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川の上流の方に「涅槃堂」ってところがあって、ここで不思議な甘~いお茶を買ってきました。車中泊の車の中でパチリ。冬は羽根布団を積んで湯たんぽをご愛用。なんとか凍死せずに(?)楽しんでいます。


入所 [日記]

 みなさま、大変ご無沙汰しております。 なんと!1年以上も更新をしていなかったこのブログ、しかし一番新しい記事の閲覧数は少しずつ増えているので、リアルに面識のあるみなさんが「あいつ、生きてるのか?」と思いつつたまにのぞいてくれているのかな~と思って、たまには書かなきゃな~と思い続けていました。

昨年の夏、移住先の九州から両親が埼玉に戻ってきて、いきなり始まった認知症との関わり。 落ち込みながらも周りの方々の助けを受け、なんとか在宅で介護をしてきましたが、このたび急きょ父の特養入所がかないました。

所沢は特養の件数が多い市で、既存施設が約10件、今年の秋に新設されたところが1件。通常は何年待ち、何百人待ってますなんて言われるんですが、新設なら数十名いっぺんに入れるので、秋にできるところには入れるだろうと期待していたら、結局選に漏れ、次に来年春にまた一軒新しい特養ができるので、そっちには入れるのかしら…と思っていた矢先に、既存の小規模な施設からお声がかかりました。

友人たちに「うちの父、特養に入れたの」と言うと「よかったね~」と言ってくれるのですが、いざこうなってみるとなんだかヒジョ~に複雑な気分。 うちの家族は特養入所に対して誰も反対していなかったし、望んでいました。 何度か家を出て行って路上で転び、先日は救急車で収容されちゃったりもしたし。 夜もちゃんと寝なかったりするから、母は体が持たないし、だんだんトイレも難しくなってきてたし。 でも、まだしゃべるんだよね。ちゃんとした会話は成り立たないんだけど。 「何で俺がこんなところに行かなきゃいけないんだよ」と父は言い、弟が「お父さんの安全の為だよ」と説得していました。 ほかの入所者の方はほとんどしゃべれない。車いすにヘッドレストがついている人が多いです。 父は危なっかしいけどまだ歩いていて(だから余計に危ないんだけど)一見すると元気そう・・・。 でも、もう自由にどこかに出かけることはできないんですよ。

待っていたことなんだけど、よかったことなんだけど、手放しで「おめでとう」とは言えない出来事。 同じようにお母さんを特養に入所させた友人は「よかったね」とは言わず、「その気持ちわかるわ」と言ってくれました。

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ともあれ、父のことは介護が終わったわけではないけど一段落。 私はといえば、チョビを留守番させて仕事に行けるようになりました。 まぁ、アルバイトなんですけどね。[あせあせ(飛び散る汗)]


特養 [日記]

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やっと秋めいてきて過ごしやすくなり、今日は市内の特養(特別養護老人ホーム)の申し込みに行ってきました。 施設の申し込みは3件目。

8月上旬に父は要介護4、母は要支援2の認定をもらいました。 市から送られてきた介護認定を見て思ったより数字が大きかったことに驚き「これはかなり深刻な状態だ」と改めて認識したのですが、慌てた所で出来ることといえば、父にはお泊りさせてもらえる小規模なデイサービスに通わせることと、母にはリハビリとレクリエーションを兼ねたデイサービスに通わせることだけでした。 父には薬の調整が必要かと精神病院に入院もさせたのですがあまりに身体拘束が厳しかったのでビビッてしまい5泊で退院。 その後薬を減らしたらメキメキと元気(?)になり、自己主張だけははっきりとするワガママな認知症患者となっています。

今月に入ってから父の介護に対する意見が家族間で衝突し、私は体調を崩して少々寝込み、なんとか復帰して今日の施設訪問となったのですが、対応してくれた相談員さんと諸々のことを話し、「あまりにも厳しい現実」を認識させられて、また具合が悪くなりそうです・・・。[もうやだ~(悲しい顔)] 施設は新しく、すごくきれいで立派(広い個室が与えられるし)だけど、ハードが介護の質(もちろん入所者の幸せ度)を決めるわけではなく、運よく施設に入れたとしてもすべてそれで終わりってこともないわけで。

で、直近で私に出来ることといえば、市内にはまだ十数件の施設があるので、そちらへもれなく申し込みをすることと、他に病院を探すとか、有料のホームや老人専用の住宅も安いところがあるそうなので探してみたらいいのじゃないかとか。 なんとしても避けたいのが介護による家族の「共倒れ」で、父と母両方が施設や病院に入るなんてことになると、経済的な困窮も目に見えているんだよね。 家族間での意見調整や協力も必要だけど、血は繋がっていても他の人の考えや行動を変えるのはなかなかに難しい・・・。 自分のことを自分で決められなくなるってことは、やっぱり大きな悲劇だなぁと思うのでありました。

親のこともだけど、すぐ先には自分の「老後(あるのか?)」も迫ってくるわけで、そっちも真剣に考えなきゃいけないのかしら・・・。 でも考えてもしょうがない部分もいっぱいありそうだな。 一番大切なのは有限な「今っていう時間」を最大限に楽しむことだと、つくづく思うのでありました。 あぁ・・・、山に行きたいわぁ。[たらーっ(汗)]